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アンティラガマ/沖縄県糸満市字真壁

アンティラガマ入口
アンティラガマ

名称

アンティラガマ

所在地

沖縄県糸満市字真壁

概要

沖縄戦時には軍⺠雑居の状態で、地域の避難⺠や敗残兵が⼊壕していた自然洞窟。

案内の可否

案内可能(中には入れません)


沖縄県糸満市の県道7号線、真壁公園の近くにあるガマが「アンティラガマ」です。

沖縄戦時には地域住民や南部撤退してくる日本兵の避難壕となりました。 この壕には南部へ敗走してきた日本兵がおりましたが、この壕の近くには「独立重砲兵第百大隊鎮魂碑」「砲兵山吹之塔(野戦重砲兵第一連隊)」「野砲兵第42大隊終焉の地碑」があるのでその関係の日本兵がいたと予想できます。




アンティラガマには「萬華之塔」右横にある道を進んでいくと壕口前にたどり着きます。

壕の大きさは約200m超、その大きさから多くの避難民が入ることができたことから「千人壕」という別称もあるようです。


アンティラガマ入口
アンティラガマ

日本兵が民間人や負傷兵を危険な⼊り口付近へ追いやったり、泣く子供を敵兵に見つかるからと絞殺したとの証言もあります。

⽶軍の攻撃を受けた際には、⼊り口付近にいた負傷兵が全滅しました。


内部から壕口を見る
中から外を見る

壕口から緩い下り坂になっています。

入口近辺は大岩が多く、岩の部分は滴る水で滑りやすくなっています。

坂を下り終えると広場があり、中央にある岩の上に遺品と思われる茶碗の欠片などがまとめてあります。


残された食器
まとめられた食器
残された食器

この付近で周りを見てみると、明らかに黒くなっている部分が見受けられます。

この黒い部分は敵軍の火炎放射器によって付着した煤です。


黒ずんだ壁面
黒ずんだ壁面
内部から壕口を見る
内部から壕口を見る

入ってすぐの場所ですが、入口からの光は殆ど入りません。

更に奥に続いていますが、懐中電灯などが無いと進むのは無理です。

戦中には殆ど光が無い中、この洞窟で生活していたと思うと恐ろしくなります。


アンティラガマ 坑道
アンティラガマ 坑道

広場の奥に更に奥へ進める道があります。

これまでの広大な広場に比べると、道幅は人一人がやっと通れる程、高さも少々屈んだり、かなり腰を落とさないと進めないくらいの狭さになります。


ガイドツアーでも案内可能です。 (内部には入れません)

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