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「南山城址之碑」の弾痕/沖縄県糸満市大里

「南山城址之碑」の弾痕
「南山城址之碑」の弾痕

名称

「南山城址之碑」の弾痕

所在地

沖縄県糸満市大里

概要

高嶺小学校敷地内に残る三山時代の城跡。

石垣と石碑が建立されている。

案内の可否

案内可能


沖縄県糸満市大里に「南山城跡」があります。

この城跡は琉球王国成立以前の三山時代北山・中山・南山に分かれていた時代、南山王国が根城にしていた場所です。

糸満市大里には現在でも南山城の跡地が保存されており、その敷地内には石碑が建てられています。


「かつての繁栄を思わせる石垣」 琉球史における三山時代に栄えた南山王の居城跡。地元では南山グスクと呼ばれている。12世紀後半に築かれ、出土した陶磁器などの遺物から14~15世紀に栄えたグスクであることがわかる。現在は城壁と遺構の一部を残すのみで、遺跡の大半は市立高嶺小学校の敷地内にある。「沖縄の名木百選」に選ばれた城跡内のガジュマル群生も見どころ。 https://www.city.itoman.lg.jp/kankou-naviより引用



跡地に建立された石碑には損傷があります。 県の資料には沖縄戦による損傷とされています。


南山城跡の入口
南山城跡の入口
かつての石垣
かつての石垣
南山城内部
南山城内部
点在する石垣
点在する石垣
按司墓
按司墓

地域を納めていた有力者を按司と呼びます。 南山王・中山王・北山王は、自身の支配地域の按司を束ねていました。


敷地内に残る遺構
敷地内に残る遺構
南山城跡之碑
南山城跡之碑

敷地の中心辺りに「南山城跡之碑」が建立されています。 碑の一部が抉れており、この部分は沖縄戦の際に出来た損傷とされています。 この石碑が建立されたのは大正時代です。


石碑の損傷
石碑の損傷

土台の一部も損傷があります
土台の一部にも損傷がみられます

ガイドツアーでもご案内可能です🐶

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