「南山城址之碑」の弾痕/沖縄県糸満市大里
- ケンタロウ

- 2025年12月19日
- 読了時間: 2分

名称 | 「南山城址之碑」の弾痕 |
所在地 | 沖縄県糸満市大里 |
概要 | 高嶺小学校敷地内に残る三山時代の城跡。 石垣と石碑が建立されている。 |
案内の可否 | 案内可能 |
沖縄県糸満市大里に「南山城跡」があります。
この城跡は琉球王国成立以前の三山時代、北山・中山・南山に分かれていた時代、南山王国が根城にしていた場所です。
糸満市大里には現在でも南山城の跡地が保存されており、その敷地内には石碑が建てられています。
「かつての繁栄を思わせる石垣」 琉球史における三山時代に栄えた南山王の居城跡。地元では南山グスクと呼ばれている。12世紀後半に築かれ、出土した陶磁器などの遺物から14~15世紀に栄えたグスクであることがわかる。現在は城壁と遺構の一部を残すのみで、遺跡の大半は市立高嶺小学校の敷地内にある。「沖縄の名木百選」に選ばれた城跡内のガジュマル群生も見どころ。 https://www.city.itoman.lg.jp/kankou-naviより引用
跡地に建立された石碑には損傷があります。 県の資料には沖縄戦による損傷とされています。





地域を納めていた有力者を按司と呼びます。 南山王・中山王・北山王は、自身の支配地域の按司を束ねていました。


敷地の中心辺りに「南山城跡之碑」が建立されています。 碑の一部が抉れており、この部分は沖縄戦の際に出来た損傷とされています。 この石碑が建立されたのは大正時代です。


ガイドツアーでもご案内可能です🐶



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